衆議院選挙が公示されました。
選挙が近くなってから、公示日直前まで多くの方々から「選挙に出てください」「選挙に出ないのですか」というご要望やご質問を頂きました。
私としては、この1年差し支えない範囲で、自分が置かれた環境を極力隠さず、皆さまにご説明してきましたつもりでした。カンパで支えられ、活動している以上、そうすることが自分の責務だと感じたからです。
しかし、それでも、それを読んでか読まずしてか、、「選挙に出ないんですか」「出てください」のご要望・ご質問を今回、多く頂戴致しました。中には、「群馬5区から」というものも含まれていました。
まず、私の置かれている環境以前に、「政治にお金かかる」ことが、なぜかいまだに知られていません。2回までは何とかなっても、3回も続いて挑戦できるのは、よほど金銭的に恵まれた場合です。
供託金は600万(小選挙区300万+比例重複立候補で300万)その他、車、選挙区事務所、スタッフ、ポスター・・・少なくとも1000万はかかります。場合によっては、1500万~2000万かかります。もちろん、参加することに意義があると、供託金だけで、何にもしなければ、供託金だけですみます。(しかし、私は選挙に税金が使われる以上、これは有権者に対して失礼な話だと思います)
党によっては、気前よくその全てを出してくれるところもありますが、残念ながら「生活の党」は現在そういう状態ではありません。基本的に全て自腹が前提。後から公認料や供託金がでてくるケースもありますが、基本的には、最初は、全て自腹です。その覚悟で、ということです。
議席を失って、はや2年。先の参議院選挙から1年半。小さいながら事務所を維持できていること自体がまさに奇跡であり、その事務所もいったいいつまで続けていけるのかわからないといったのが現状です。
企業の支援などがない限り、個人献金だけでは、政治を志す人が活動を続けていかれないというのが現在の日本であり、ここは、非常に残念なところです。この2年間、多くの仲間が政治を諦め、別の道へと進んでいきました。
しかし、今回、私が選挙に出られないのは、資金面だけが理由ではありません。
2回の選挙が終わった直後、2013年8月初旬に、母が倒れ、胃癌の末期と診断されました。
そのため、この1年、政治活動の傍らその対応に追われました。4回の転院、2回の手術もありました。
そして、その母も最近亡くなりましたが、障害を持つ弟が残されましたから、その弟の今後の生活拠点づくりというのが、私が抱えた大きな課題です。母の遺言でもあります。そしてがこれらが現段階で全く解決していません。
また、私自身も2回の選挙とここ1年の無理がたたり、ずいぶんと身体を壊してしまいました。まあ、もう色々なところが悪いのですが、特に、酷いのが、元々重症骨折を負った腰です。6本のボルトと1本のチタンが入った状態ですから、何もしていなくても常に痛いのですが、その痛みがいまは激痛となっています。
こうした中で突然の選挙。今回は選挙に出ることを検討する余地さえありませんでした。
ちなみに、私の住まいは東京1区です。東京1区は民主党海江田代表と自民党現職がいる選挙区で、統一候補構想の中、いずれにしても、この1区から出馬というのは全く現実味がありません。2012年からの生活の党の支部長もいました。
それ以前に、どこの場所であろうが、先に説明した理由で、今回は残念ながら、そういう環境になかったということです。しかし、これも、また運命なのかなとも最近は感じています。神様が、今は無理だよと言ってくれたのかもしれません。
私としては、折に触れ、事情を説明し、理解して頂くべく、努力をしてきたつもりではありましたが、それでも、十分ではなかったようです。その点は、反省しています。
今回、皆さんのご期待に添えなかったことに心からお詫び申し上げます。
党からは、そうした事情もあり、活動費は貰っておりませんでした。、「選挙区が決まっている人」にのみ出すと言うのが党のルールでした。どんなに一生懸命、政治活動をしても、ダメなのです。
しかしながら、多くの方々が党に抗議をしてくださったこともあってか、途中から、選挙区が決まっていなくても、選挙に必ず出るということであれば、活動費に関しては検討するという話もでてきました。
大変、有難い話ではありましたが、その話が持ちあがったときには、すでに母の病状も悪化しており、もはや、そういう段階は過ぎてしまっていたというのが、その時の私の状態でした。
大変、長くなりましたが、話せる限りの説明をさせていただきました。
一方、「選挙活動」はできなくても、色々な形の「政治活動」はできるというのもこの1年半でわかったことです。
では、私は、新しい時代の、新しい形の、「政治活動」をしていこうと頭を切り替えたのです。
来年からは、いよいよ仕事も探し、自分の(そして弟の)最低限の生活に関わる費用をねん出しながら、政治活動をどういう形で続けていくか、新しい道を模索しなければいけません。
頑張っていれば、「道は拓ける」の言葉を信じ、自分のベストを尽くし、「支えあう社会」を目指していきます。